このブログの一番最初に書いた記事でも、少し触れましたが、
心がある場所と聞いて、イメージする場所は大抵、脳か胸元でしょう。

そして、理屈で考えると
「伝達された信号によって、脳がいろいろと認識したり、考えるわけだから、やっぱり脳かな」

しかし、ですよ?
そもそも心っていったい何でしょう?

感情?思考?
暖かいとか寒いとか、そういう感覚も全て心?
意識していることはおそらく心、では無意識は心?
自我のこと?でも自我が芽生える前の赤ちゃんにだって心はあるはず…

これについては、実は現在の科学ではまだよく解明されていませんし、
人によって、心と思うものの定義も違うでしょう。

けどまあ、どうやら脳にあるような気がする。
脳のなかで生じているものなのだろう…

しかし人間の脳には、右脳と左脳とがあります。
そして、この2つを分割したらどうなる?という実験では、
実は面白い結果が出ています。
それは、

右脳と左脳の連絡通路である脳梁を切ると、左脳は右脳が見たものを、右脳は左脳が見たものを認識できなくなるというものです。

詳しくはこちらのサイトが分かりやすいので、読んでみて下さい。

左脳と右脳の連絡を物理的に絶つと、それぞれが別々に情報を認識する…
上記のリンク先にも書かれていますが、これは”魂”という概念に対する否定材料になります。

そして考えたり、感じたりするのも心の働きと見なすなら、
脳の連絡路を絶つと心は2つに分かれる…?
実際には1つの体を共に動かしているのなら、得る情報も殆ど同時になりますので、結局は1つ?
では、左半身と右半身の間に仕切りを作り、別々の情報を与えるこの実験を、
もっと長期間、もっとかけ離れた状況・経験をさせた場合は?

脳の働き、で考えると「へぇ、そうなんだ」で終わる話も、
心とか魂とかを絡めて考えると、凄く不思議で複雑なものになる。

本当に答えの難しい問題だと思います。

(まとまりがなくて、答えになっていなくて、ごめんなさい)